(哲学詩人の電子会議室)
優しさの意味 くーによん さん 2000年06月22日(木) 22時14分
初めまして この会議室へは、始めて投稿します。 くーによんです。 近頃自分の考えている優しさの意味が分
からなくなってきたので いろんな人の意見を聞いて見たいなと思って投稿致しました。
優しいってどういう事
なんでしょうね? 前に人を傷つけないようにするのが優しさだと言われたことがあるけど・・
確かに人を傷つ
けないようにするのが一番の優しさなのかもしれませんね。 でも裏を返せばそういうのが優しさだと言っている
人は自分が傷つくのが 怖いんじゃないでしょうか? 人を傷つけたくない為に間違っていることも間違っている
とも言えない それが優しさなのでしょうか? 本当にその人の事を思っているのなら間違っている事は間違って
いると言える 事が優しさではないのでしょうか。 それによってその人が傷ついたり怒ったりして自分が一生恨
まれる事になっても 仕方ないと思います。 今の多くの女性の皆さんは男に優しさを求めますが
僕は優しさより
甘さを求めていると思います。 人に甘いのと、人に優しいのは意味が違うと思うんです。
優しさの中には厳し
さがあってこそ本当の優しさだと思うんです。 僕の考えに対する意見をお願い致します。
Dick Iwai さん 2000年06月23日(金) 22時15分
優しさの定義が欲しいのか。 まず漢字を見てみなさい。これは、人偏に憂いと書く。読んで字の如く、
こ れは人に憂いを持つということだな。要するに自分以外の第三者に対して、 憂いの心を持ち、いたわ
るということ。これが中国人の考えた優しさ。 それでは西欧ではどうなのか。まず俺の専門のドイツ語
を見てみようか。 ドイツ語で優しいという形容詞は、zartlich で、aはウムラウトだ。
名詞は、die
Zartlichkeit で、優しさとなる。ところで、このzartであ るが、本来ならば、ひ弱なとか、きゃしゃな、
弱弱しいなどという意味が ある。その弱い者をいたわるという事で、こいつは男らしいゲルマン民族の
特性でうまく日本語に訳すと、か弱き者に対する心、となる。 さて、ラテン語学を基礎とした英語では
どうなるのか。 英語で優しいを示す言葉はいくつかある。スケベなラテン民族らしいところ。
1.
gentle 2. tender 3. kind ではあるが、最後のkindは、親切という意味で除外しようではないか。
お
もしろい事に、二番目のtennderは上記ドイツ語のzarrtlichにかなり 近い意味を持つ。弱い、か弱い、もろ
い、などちう語源だな。ほぼ同じ 意味として考えても良いであろう。最後の、gentleであるが、こいつは
ご存知の通り、長い西欧の歴史から生まれてきた騎士道、それをベース にしたジェントルマンシップの
ことだ。日本で言うところの武士道だな。 一つの、優しいという言葉をめぐっても単純にこれだけの考
察をふまえた 上ではないと、それでは、日本人の我々にとっては、何が優しさなのか、
また、それを定
義づける歴史的バックグランドの要素にはどのようなもの があるのか。なあ、クーニョンよ、切れる男
というのは、このような思考 方法をするもんだ。おまえさんの考えるところの、人を傷つけまいとして
間違ったことを指摘できないのは、優しさとは違うのではないか、などと いうテーゼは、かなり表面
的
なもんだな。もっと、歴史的事実とか、思想 的根拠とか、何かそのようなものの裏付けが欲しいところ
だ。どうなんだい?
哲学詩人 さん 2000年06月23日(金) 22時20分
哲学詩人です。 ここでは多いに議論してください。 手始めに、私から一言。 くーにょんさん、君の意見
にあらまし賛成ですよ。でも一点、男も女に甘さを求めていることも事実だと捉えるべきかと考えます
が。 男と女の愛は、君が是とする、人間的な側面からの優しさと、君が非とする甘え合う環境の中での
心の癒しという両面を持っているように考えます。だから、父親が息子に与える厳しさの中にある深い人
間愛と、母親が子供を無条件で受け入れる受容の愛の両面が人間には必要なのではありませんか。男の立
場に立てば、女の我侭を無条件で許す情愛と、大事な場面では人間としての厳しさを持った優しさが求め
られると思いますよ。
姉 さん 2000年06月24日(土) 00時13分
わたしもあなたの意見にはほとんど賛成。 だけど、ちょっとひっかかるところが。(笑)
>今の多くの
女性の皆さんは男に優しさを求めますが >僕は優しさより甘さを求めていると思います。
どんなところ
が?具体的に事例を挙げて見てください。 (なんでかっつーと、女のいう男の優しさには多くの意味が
含まれているから) 思いやりと甘えを許すことはちがうものだと思うし。
くーにょん さん 2000年06月24日(土) 06時32分
皆さん レス有り難うございました。 自分一人の考えが凝り固まってはいけないので
色々な人の意見を
聞いてみたかったのですが・・・ Dick iwaiさんへ 僕には少し難しかったですね。
まさか歴史的事実とか
思想的根拠とかそこまで話が大きくなるとは 思いませんでしたよ (笑) 哲学詩人さんへ
僕も哲学詩人
さんの言うとおりだと思います。 多分僕の書き方がまずかったんでしょうね (笑)
人を傷つけまいと
して間違った事を指摘できないのは 優しさではないと書いたのは大事な場面では厳しさを
持った優しさ
が必要って言うことが書きたかったんです。 そんな単純な間違いを指摘してどうこう言うのは間違って
ると 思いますもんね。 姉さんへ 例えば彼女に逃げられたくないから彼女の言いなりになっている
奴は優
しい人とは言えないんじゃないでしょうか? 重たい荷物を持ってあげるのは優しさですが
彼女のバック
を持ってあげるのは優しさではないと思います。 今の多くの女性の場合重たい荷物は持って当たり前
バ
ックを持ってくれるのも優しさと勘違いしてるんじゃないのでしょうか? 男が彼女のバックを持つのは
逃げれられたくないからだと思います。 確かに甘えを許す事と思いやりは違うと思います。
甘えを許し
あう事ができるから男女間の愛なのかもしれませんが 重たい荷物は持っても彼女のバックは持たないそ
れが思いやりだと思います。
姉 さん 2000年06月24日(土) 10時09分
>重たい荷物は持っても彼女のバックは持たないそれが思いやりだと思います。 例えが悪いんじゃない
の?こんなちみっちゃいことで優しさをはかるのか?! こまったなぁ。 カバンを持つ持たないって、な
んでこんな例をあげたのよ。^^; 女がかばんを持たせているのか、男が持ちたがっているのか知らな
いけど、 都合がいいから持たせてるんであって、それが「優しさ」などとは まったく思ってないはずだ
よ。 それは「これだけ自分の言いなりになってるから愛されている」っていう 表現方法のひとつなだけ
でさ。 かばんをもつのを拒否して「優しくない」って反論してくるとしたら、 それを言葉通
りに受け取
る方がバカ。 女はそんなもの優しさじゃないって知ってるんだからさー。 自分の犬にウンチ袋くわえさ
せてんのと同じよ。 そんなバカっぷるにばっかり目がいってんの??^^; こまったちゃん。
優しさと
甘さは表裏一体。 自分が具合悪いときに世話を焼いてくれるのは? レストランでおごろうと思ったら
1000円足りないのを黙って出してくれるのは? 落ち込んでいる時に慰めてくれるのは?
ワガママをワガ
ママと思って受け入れてくれるのは? 自分ができないことだけど相手ができる場合それをしてくれるの
は? さて、こんな例なんか挙げてもきりがないんだけど、 上記のことを君がしてもらって、それをどう
思うか。 優しさっていうのはやる方と受け取る方がかみあってないと 優しさにならないんだから。
Dick さん 2000年06月24日(土) 14時16分
おお、クーニョンよ、優しさの定義という素晴らしい議題を投げておきながら どうしてみずからが、こ
のテーマを下卑たものにしようとしているのか。女に 忠告をするとか、重たいカバンを持ってやると
か、そういうものが優しさであ るかどうかなど、あまりにも世俗的な例ではないか。そこには何か君自
身の意 図的な作戦のようなものが見える。一体それは何なのだ? 俺はこの、「優しさ」という定義を捉
えるための純粋な学問的議論かと思った 俺はこう思う、あんたの意見は間違っている、いや、あってい
る、では、議論 をする基本的な態度としては、つまらないからな。レベルが低すぎるぜ。
例えばだな、
本当に相手のことを思って取った行動に次のようなものがある。 これは、優しさであろうか。。。。
というように持っていって欲しい。 でも、これは優しさなのであろうか? その例:
昔、昔の中国のお話
です。父親は貧しい大工で、その日の食にもことかくあり さまの貧しい家庭に呉美麗は育ちました。美
麗は今14歳です。ある日、父親 が昔大変お世話になった大工の棟梁が、遠く楚の国からやって来まし
た。しか し家には、ご飯のお米を買うお金もありません。しかし、美麗は今まで自分を
育ててくれた父
の面子を潰すのは娘としては恥じだと考えたのです。そこで思 案一計、裏庭でナベに水を入れ、醤油や
みりん、昆布だし、味の素などを加え てその汁の味が丁度良くなった頃、美麗は、そのぐつぐつと煮立
っている汁の 中に自分から飛び込んでいきました。残された遺書には、お父さん、今まで育
ててくれて
ありがとう。せめて私の煮物を食べて、大切なお客さんを、おもて なしして下さい、と書いてあった。
それを読んだ父親は、娘の意志を無駄にす ることなく涙をこらえて頭から足の先まで、お客さんと一緒
に、全てきれいに 食べてしまいました。親を思う美麗の美しくも優しい心はいつの世までも語り
継がれ
ました。
まさ さん 2000年06月24日(土) 18時11分
こんにちは。皆さん。童貞まさでございます(笑) さてくーにょんさん、優しさの定義という議題はい
い議題だと僕も思います。 でも何かもっと深いところで議論しましょうよ。 ちょっと気になりました
よ。でもあなたは自分がさも優しい人間だといいたげですね。 でも全然優しくないと思いますよ。そう
思った理由をこれから書きます まず、あなたもっと自分の体験、自分の思考から話をしましょうよ。
そ
ういう話をしないから皆さん納得しないし僕も読んでてつまんないです。 あなたは男女の優しさを論じ
る事ができる程経験ないでしょうよ。 だからあんなに姉さんにも突っ込まれんですよ。説得力ないも
ん。自分が知らない事なんだから。 この際ばらしたほうが、ここでの議論が皆さん、し易くなると思う
ので言っちゃうけど、僕へのメールであなた言ってたじゃないですか!「僕も童貞だ」って。そういう人
が男女の間における、優しさの話なんてできる訳ないと思うんですけど。 なぜそんな専門外のところで
勝負しようとするのですか? 僕だったら絶対しない。だって分んないもん。嘘付かなきゃ話できなくな
っちゃうもん。それにあなたがどういう人で何歳で、とかいった基礎的な情報を皆さんにきちんといった
ほうが、議論し易いと思いますけど、どうでしょう?正体がみえないままじゃ何か話ずらいですよ。
さ
やかさんのところで僕に言ってた事だって、自分だって童貞の癖に、さも分かったような事書いてました
よね?あの文章を読んで僕はまさかあなたが童貞だと思いませんでしたよ。 あなたは何がしたいんです
か?経験が無いのに知ったかぶりをして、相手にアドバイスして優越感に浸りたいんですか?知らない事
は知らないと言ってしまいましょうよ。それがソクラテスが言う所の無知の知ではないですか?それとも
ただ相手にして欲しいだけですか?ここは真剣な議論の場所です。そんな人に付き合っているほど、アド
バイザーの方は暇じゃないんですよ。 この相談室のアドバイザーの方と対等に話せる分野で議論しない
と相手を馬鹿にしてる事になりますよ。僕に対してあなたが男女の事についてアドバイスした事や、知り
もしない事を人生の先輩達にたいして意見すると言う事はとても不誠実な事で、失礼な事だと思います。
それって全然”優しさ”じゃないじゃないですか! そんな事も分らないのに議論しようとしたって無理
があると思うんですけど。 ハッキリ言って、今、僕かなり怒ってますよ。メールをくれた時は別
になん
とも思ってなかったけど、また知りもしない事をさも知ってるように言ってるのをみてちょっと許せなく
なりました。ネットで見栄を張る必要が何処にあるんですか?知りもしない事を無責任に発言し、相談者
を誤った方向に導くのは立派な”掲示版荒らし”ですよ。今後二度と僕にやったような事はしないで欲し
いです。応援したかったら、正体をきちんと明かして、きちんと自分の経験の中から語ってください。
さて文句はこのぐらいにして僕の体験から僕の思っている優しさというものを話しましょう。
僕は2年
前、インドのデリーで現代美術の展覧会に出品する作家のアシスタントとして、 40日間インドのデリ
ーで働きました。学校さぼって(笑) その時の体験を話します。 僕が泊まっていたホテルの近くにマー
ケットがあって、僕はよくそこで作品に必要なものや、食料を買っていました。 そんなある日のこと、
いつものように僕が買い物をしていると、みすぼらしい格好をした小さな男の子が僕に寄って来て、何や
ら口に手を持っていってしきりになにか言っていました。僕は「何か食べ物をくれ」って言ってるんだと
すぐに分りました。 でも僕はその子に旅行者専門の物乞いになって欲しくないと思い、しばらく考えて
いました。 「今、俺がこの子にちーとばかり同情したつもりになって食べ物を恵んでやるのは簡単な事
だけど、そんな一過性な事じゃなくて、俺の自己満足でないもっとこの子の これからの生活の中で恒久
的に心の支えになる事ができないもんかな」と考えていたんです。 そして僕がそのとき持っていたスケ
ッチ用の色鉛筆をあげる事を思い付きました。 「この子が絵を描く楽しさを知れば、空腹も少しは紛れ
るし、継続的な心の支えになるかも知れない」と思ったからです。 僕は僕の足に懸命にしがみつく男の
子の目線の高さに腰を落とし、彼等の話す、ヒンディー語は分らないので日本語で励ましながら、色鉛筆
を渡しました。 その子は暫く不思議そうに僕を見つめていましたが、やがて、色鉛筆を放り投げて、走
り去っていってしまいました。「この人は食べ物をくれない」って分かったんでしょう。
僕は「やは
り、食うや食わずの生活をしている人間に絵を描く心の余裕はないのか。 俺の考えは所詮、先進国から
きたツーリストの甘い考えだったのか」と思いました。 でも僕があの時とった行動は僕の価値観の中で
は最大限の優しさだったつもりです。 今はあの子に僕のした事の意味が伝わらなくても、いつかきっと
分かってくれると信じています。 いつかきっと思い出してくれると思います。考えてくれると思いま
す。僕のあの時の行動の意味、僕が伝えたかった事が何だったのかを・・・。そしてその考える切っ掛け
をあの子にもたらした事が僕の考える優しさです。 僕は優しさとはそういうものだと思っています。皆
さんどうお考えでしょうか?
くーにょん さん 2000年06月24日(土) 18時20分
くーにょんです 確かに僕の例えは悪すぎましたね反省してます。 思考力が足りなかったと思います。
別
に意図的な作戦がある訳ではありませんよ(笑) カバンを持つのを例にしたには男の気の弱さを優しさ
と 勘違いしてるんじゃないのかって言いたかったんです。 優しさには強さが必要だと思いますからね。
確かに物事には姉さんの言われる通り物事には全て表裏があると 思います。 僕はDickさんと学問的
な話ができるほど知識はないので 僕のできる範囲で答えていきたいと思ってます。
本当に優しい人間に
なる為には数多くの人生経験を積んで人の心の 微細までも分かるようにならないとダメだと思ってます
だからこうしてテーマを投げかけたんです。 姉さんや哲学詩人さんのようにここのアドバイザーをされ
ている人々なら 数多くの人生経験を積んできて分かってらっしゃるでしょうからね。
でなきゃアドバイ
ザーなんて出来ないと思います。 テーマを投げかけたというよりは僕の質問に近いですね。
くーにょん さん 2000年06月24日(土) 18時36分
まささんへ 童貞2号のくーにょん29才です(笑) 別にまささんの事を怒らすつもりはありませんでし
たけど・・ ただ僕は純粋に優しさの意味が知りたかっただけですよ 別に見栄を張っているつもりはあり
ません僕はまささんほど童貞で 有る事を気にしてませんし別にばらす必要もなかったから言わなかった
だけです。 これ以上は掲示板を荒らす事になると思うのでメールでお伝え致します
まさ さん 2000年06月24日(土) 18時39分
くーにょんさん、僕の意見に対するレスをお願いします。
まさ さん 2000年06月24日(土) 20時13分
くーにょんさん。メールは読みました。返信したので読んでくださいね。
Dick さん 2000年06月24日(土) 23時35分
おお、童貞クーニョンよ、童貞まさがなかなか良い示唆を与えてくれたでは ないか? 俺が述べたのは
儒教思想が蔓延している昔の中国の話であり、童貞 まさが書いてくれたのは、これは、言うならば、現
実に南北問題がある経済格 差の中での優しさとは何か、ということを投げかけている。その意味は、エ
ス キモーにはエスキモーの優しさがあり、ベトナム人にはそれ特有の優しさがあ る。例えばエスキモー
だが、遠いところから自分に大切なお客が訪れてくれば 、自分の嫁さんを差し出して旅人を慰めるのが
優しさだといえるし、ベトナム などでは、貧しい売春婦を買ってやることも金持ちの優しさだ。
ここ
で、俺が何を言いたいのかもうわかったと思うのだが、時代、風習、民族 によって、優しさの価値がそ
れぞれ異なってくるということなんだ。そして、 現代平成日本の優しさとは一体いかなるものである
か、という最終のテーマへ と集約されてくる。そこで、初めて日本固有の歴史と風土の考察に入り、マ
ジ ョリティとして、我々民族の持っている優しさとは何か? その定義づけがで きる。個人レベルの問
題にミクロ化してしまうと、結局、あんたの考え方はそ うなのかも知れないが、俺はこう思う、くらい
の中高生レベルの議論しかでき なくなってしまう。根源は、「そのような考え方」 をする現代日本人
の精神 構図とはいかなるものか、また、それは一体どのような課程で成立してきたの
か、このような解
明を参加者諸君とともにできるのならば、小生にとっては大 変嬉しいことなのである。
そこで、お願い
があるのだが、どなたか、日本の昔から今に伝わる伝承やおと ぎ話の中で、人間の優しさを示唆してい
るような物語があれば、お伺いしたい ところである。テッコちゃんやのら君などは何か知っているよう
な気がするの だが如何であろうか。これを何篇が集めると、事の真相が見えてくるような気
がしてい
る。
まさ さん 2000年06月24日(土) 23時52分
こんばんは。岩井先生、何かこの議論は面白くなりそうですね。 誰か岩井先生の望んでいる話をできる
人いないですかねぇ。本当に凄く面白いと思いますよ。この議論は思想論的に。哲学詩人さんとかも何か
言ってくれるのではないですかね。
まさ さん 2000年06月25日(日) 00時20分
あっ、そうだ。先生、判官贔屓の考え方は日本的ではないですか? 立場の弱いものを愛でる、か弱いも
のを慈しむのも日本人の特徴的な優しさではないですか? それから美術史的にも日本を含む東洋には、
花鳥画があるけど、西洋画には純粋な花鳥画と呼べるものはないと思うのですが。 僕の専門の日本画で
は、人体デッサンもやりますが、大学入って最初に習ったのは花の写生でした。今は変わって来ています
が、古来の日本画では自然の気韻生動を学ぶのが重要だったようです。 人間に向ける優しさと同じ位
日
本人は周りの自然にも優しく接してきたのでは?そう言う所も日本人の定義する優しさと言う事に繋がっ
ていくのではないでしょうか?
のら さん 2000年06月25日(日) 01時41分
こんばんは、のらです。お座敷がかかったようですので(笑)参上いたしました。
>日本の昔から今に伝
わる伝承やおと >ぎ話の中で、人間の優しさを示唆しているような物語があれば、お伺いしたい
>ところ
である。テッコちゃんやのら君などは何か知っているような気がするの >だが如何であろうか。
いろい
ろ思い出してみたのですが、まささんのおっしゃる判官贔屓とか、あるいは 勧進帳などの世界は、主君
に仕える家来の忠義心みたいなものを徳とする考え方で、 鎌倉時代以降の文学に多いですね。
また、源
氏物語以前のものとしては、「カミ」「ミコ」「ミコト」の世界ではちょっ と残酷物語というイメージ
(例えば女性の性器を槍で突き刺すなどの表現があります) を私は持っています。
そうなると、口伝の
ものということになるかと思いますが、ちょっと探してみます。 少し違うかもしれませんが、私の好き
な川柳に 「行水の 捨てどころなし 虫の声」 というのがあります。 それともう1つ、これも関係ないか
もしれませんが、レコーディング・スタジオ に勤めていた時、先輩と話したことがありまして。
直属の
上司として、2人のチーフ・エンジニアがいたのですが、1人は既婚者で 1人は独身(2人とも当時3
5歳)でした。 普段仕事で接している時は、独身の上司がやさしい、人あたりのいい人で、もう
1人の
上司の方がどちらかというと厳しいことを言う人でした。 しかし、何かの時には、普段厳しいことを言
っている上司の方が、受け止めてく れる深さが違うんですよね。 私と先輩は、その(普段厳しい)上司
のことを、「懐が深いというかなんという か、うまくいえないけど結婚している人ってなんとなくそう
感じる人が多いね、」 と話していたことがあります。 長々と失礼しました〜。
Tekkoちゃん さん 2000年06月25日(日) 04時24分
哲学詩人さんお邪魔します。 くーにょんさんはじめまして。 優しさの定義、難しいですね。
くーにょん
さんが言っている自分が傷つくのが怖いから 間違っていることを指摘できないのは優しさではない。
と
いうのはきっとそうでしょう。 問題は言い方です。 どのような人にもそれぞれ自尊心というものがあり
ます。 その指摘することが、100%正しいかどうかは、断定できない余地が ある限り、相手の自尊心を尊
重した上で、意見として指摘するべきでしょうね。 母がよくいっていました。「ものは言いよで角が立
つ。」 いい言葉でしょ。母親も江戸っ子でしたから・・・・。 それから彼女の重い荷物とバックの話は
何が言いたいのか、 よく判りません。 彼女じゃなくて仮におばあさんが重い荷物を持って困っているの
を サッともってあげたらそれは本当の優しさでしょうね。 岩井先生へ このお話いつかどこかで読んだ記
憶があります。 今、司馬遼太郎の「項羽と劉邦」というのを読んでいるのですが、
秦末期の中国では飢
餓の為、人肉が市場で公然と売買されていたり、 これは以前読んだ本ですが、大王〈たしか同時代頃だ
と思うのですが〉に 寵愛されていた女性を大王が死んだ後、 后がその女性の手足を切り落し、当時中国
では厠の下に豚を飼っており、 人糞をえさにしていたらしいのですが、その女性をその中に放り込ん
で、 人豚といっていたぶったというすごい話がありますが、とにかく、古代の中国
には人間の残忍さや
過激さは何でもアリで、現在の日本人にはほとんどついていけない 世界かもしれませんね。
先生のこの
書き込みを読んでから食事をしたのですが、 〈娘の意志を無駄にすることなく涙をこらえて頭から足の
先まで、お客さんと一緒に、 全てきれいに食べてしまいました。〉 という文章がちらついて、ちょつと
気持ち悪くなりました。〈笑〉 このお話が優しい行為かどうかという問いかけはやはり、岩井先生が言
われているように、時代や文化、民族によりかなり違ってくるものと思われますので、はっきり現代日
本人には断言できないでしょう。古代中国ではあるいは優しい行為だったのかもしれま
せん。日本でも
人肉を食らうという事は、中世の飢饉の時や大平洋戦争末期の硫黄島 〈大岡昇平の「野火」〉などには
あったようですが、殺して食べるという行為を大っぴら に習慣としていた事実はないと思われます。
あ
るいは弥生時代以前にはあったかもしれませんね。 いずれにしても現代日本人にとっては優しいか優し
くないか以前に判断の外側の行為 かもしれません。 ただ、父親の為に死ぬ、或いは母親の為に死ぬこと
が優しさか、という問いかけに置き換えれば、考えることが出来るかもしれませんが、これも状況によっ
て何とも言い難い問いかけだと思われます。この逆はアリでしょう。普通に考えれば、子供は親のDNA
を子孫に残してくれる存在なのでかるからして、究極の優しさとして、子供の為に親が命をささげること
はありうる事だと思われます。 さて御指摘の日本の昔話の中に日本人のこころのなかに共通する優しさ
の普遍性は あるのかとのことですが、たとえば、神話や昔話も時代によってかなり変わってきており
普
遍的に貫いているものがあるのかどうか判断できかねます。 私が知っている昔話〈年齢的なことで岩井
先生はおっしゃつているのですか!!わたしがバァさんだから???〉・・・まっいっか。〈笑〉
例え
ば、私が記憶している範囲で、ちよっと調べてみたのですが古くは皆さんご存じの
ヤマトタケルの尊が
東征の折り、浦賀水道の渡の神のおこす暴浪を為に舟を進めることが 出来なくなった時、オトタチバナ
ヒメが海中に身をなげて神を鎮めた。という話や、 大国主の尊が赤裸のウサギを助けた、稲葉の白うさ
ぎのお話、優しさを物語の主題 として語っているものとして思い浮かぶのは余りありませんね。
中世に
なると宗教性が絡んできて、戒めの要素もでてくるので、 少し優しさの基準が変わってくるかもしれま
せんね。 舌切りスズメのお話などは優しさと無欲であることの美徳を 教えたものなのでしょうか。
これ
から日本霊異記やおとぎ草子など読んでみます。かなり 統計的なものがわかるかもしれません。いずれ
にしろ、 東大を主席で卒業された岩井先生に対等に議論することなど所詮無理です。
逆に教えてくださ
い。日本人の優しさについて。 それと、メールのお返事お待ちしています。 まささん元気になりました
ね!!! がんばってね。
くーにょん さん 2000年06月25日(日) 05時34分
くーにょんです。 まず始めに僕とまささんとのトラブルで閲覧者の皆様は大変不愉快な思いを
されたん
じゃないかと思います。 深くお詫び申し上げます。 僕の事は哲学詩人さんの相談室のくー(人の気持
ちが分からない)を 読んで下さればだいたいお解りになると思います。 僕が何故こんなにも優しさを知
ろうとしているのか考えてみたのですが 多分優しさに飢えているんでしょうね。 人に優しくされた事
があまりないから・・ でも人間は経験の動物だと思います。 いくら頭で考えてみても分かる物では
あ
りません。 僕には皆様方と優しさについて語る資格などないのかもしれませんね。
この議題を提案し
たのは純粋に優しさの意味を知りたくて僕の持っている知識を できるだけ使って思考の限界で書いたつ
もりです。 多分僕は自己表現が下手なのかもしれませんね・・・ 皆様方についていけるレベルには到底
ありません。 あとこれは僕からのお願いです。 これは私自身もそうなのですがこの相談室内で童貞であ
ることをかなり馬鹿にされた ような発言が見受けられましたが此の世の中には生まれつき体に障害を持
ち一生童貞の ままの人も数多くいるのですそういった方々は閲覧していてかなり不愉快な思いを
された
んじゃないかなと思います。 人としての価値にそんな事はなんの関係のない事だと思います
人を愛す
るのは体ではない心だと思ってます。 僕からも深くお詫び申し上げます。 これはあくまでも僕一個人の
考えですので人生相談室運営委員の皆様には ご検討下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。
も
う僕はここへは来ないかもしれません。 人を好きになろうと思ったのですが僕には無理だったみたいで
す。 皆さんお元気で・・ くーにょん 僕が何故こんなに優しさを知ろうかとしている
のは 多分優しさに飢えているからなのでしょうね・・・
Tekkoちゃん さん 2000年06月25日(日) 07時28分
くーにょんさんへ すこしだけ聞いてくださいね。 哲学詩人さんのところも読ませていただきました。
と
ても為になるアドバイスが入ってますね。 まず「人を好きになるには、自分を白紙にして相手の心をう
けとめなさい。」 と哲学詩人さんはおっしゃっておられるのですが、 くーにょんさんは自分の物として
うけとめられたのかな? くーにょんさんが投げかけたいろいろな意見が、当初くーにょんさんが
期待し
ていたものと違っているからと言ってまだみんなの意見が 途中の段階で幕を引いてしまう行為はすごく
自分勝手な行為に思えるけれど、 そうではないかな? まささんとメールでどんなやりとりがあったのか
は判らないけれど 童貞のまささんがまったく意識していないのに、 自分の場合だけどうしてバカにされ
たと思ってしまうのだろうか。 その事を身体の不自由な人に対する問題にすり替えることで
逃げている
ように見えます。 私達にはくーにょんさんが29才の孤独な男性だという事以外 何の情報もありません。
くーにょんさんがどおいう状況で優しさを求めているのかを 理解する手かがりはないのですよ。
まず最
後まで聞きましょうね。 何かしらヒントになる結論がでるはずです。 メールでも相手を怒らせるという
のはそんなところかもしれませんね。 相手〈ココの場合は多数ですけれど〉の意見を
最後まで聞きまし
ょうね。 それから世の中には孤独で愛に飢えている男性〈女性も〉などいっぱいいます。
どうか家に閉
じこもってばかりいず、旅行をするとか、休暇をもらってバイクで 日本一周するとかとにかく若いんだ
から外に出て、友だちを作ることをお勧めします。 そしてちょっと気に入らないことがあっても逃げ出
さないで、じっくり付き合ってみましょう。そうしないとその人のいい部分も知ることなく、終わりにな
ってしまうでしょ。 人はくーにょんさんが考えているほど冷たい人ばかりではありません。
むしろ優し
さを秘めている人の方が多いでしょう。 その為にももっと辛抱強くなりましょうね。相手をもっとよく
知るためにも。 わかってくれたかな?
くーにょん さん 2000年06月25日(日) 08時52分
くーにょんです。 Tekkoさんへ 確かに自分は弱くなってたのだと思います。 自分から逃げていたと思い
ます。 我慢がたりなかったのかもしれませんね。 耐える事より逃げる方が楽ですから
どうしても逃げて
しまうのかもしれません。 僕は童貞の事を馬鹿にされたつもりはありませんが きっと人の事を考えすぎ
てしまうのでしょうね。 議論には参加できなくても閲覧だけどもしたいと思います
Tekkoさん有り難う
ございました
まさ さん 2000年06月25日(日) 09時49分
おはようございます。くーにょんさん。 僕も哲学詩人さんの所を読みましたよ。 なるほどあなたは本当
に自分が孤独だと思っているのですね。良く分りました。 僕がどうしてここの書き込みであなたに注意
したかはメールで書いたし、はじめ、あなたが年上だと言う事を知らず、てっきり年下だと思って少々き
つい書き込みをした点はお詫びしたはずです。でもそれを知る術があなたが自分でその事を説明しないと
分りようがなかったことも書いたと思います。メール届いてないのかな? それに僕はもう怒っていない
と言った筈です。 あなたの激励は嬉しかったけど、自分の経験に拠らない背伸びした発言はそれがたと
え、善意でやっている事であっても反発を受け易いと言う事も言いましたよね?未熟なものが未熟な事を
自覚してその範囲で発言をする事を非難する人は誰も居ないけれど、知らない事を知っているように発言
したり、虚勢をはったりすると誤解をうけるし、非難され易いと言ったのです。 善意で行う行為も正し
いステップを踏まないと、誤解を招く事があり、それは哀しい事だというのも説明したので、分かっても
らえたものと思っていましたが・・・。大人だったら、社会では悪気がなければ何でもすまされる訳でも
ないと言う事もあなたを尊重した言葉で丁寧に説明したと思います。 僕らの方にも誤解はあるでしょ
う。でもそれはネットの限られた情報の中では致し方ない事だと思います。ネットではごく断片的な情報
でしか、あなたの情報は分らないのです。 分かって欲しければ沢山書き込みをして、少しでも自分の情
報を伝えないと。最初からあなたのことを今くらい知っていれば、僕の言い方も違っていたんです。僕は
普通の29歳の男性になら言っても良いと思われる事を言ったのです。あなたの状況と、心の繊細さを知
っていれば、違っていたんです。でも僕は神様ではないので、説明されないとそんな事は分りようがない
んですよ。 僕は普通の人よりいつもいっぱい書き込んでいるでしょう?それは少しでも僕の実像と僕の
考えが正しく皆さんに伝わるようにと思っているのです。 僕は確かに文章を書くのは好きだけど、ワー
プロもやった事ないままパソコン始めたばっかりでキーボードに慣れておらず、長い文章を書くのは本当
に大変ですが、頑張って書いているんです。 一つの書き込みに何時間もかかる事もあるんですよ。顔が
見えないのだから、そのくらいの努力はしないと分かってもらえないと思うんです。
ネットでは確かに
文章表現力の優劣も多少は影響しますが、正直に素直に自分の思っている事を書けばいいだけです。たと
えどんなあなたでも人は受け入れてくれます。嘘をつかなければ、知らない事は知らないと言えれば。自
分を飾らなければ。哲学詩人さんが言っていた意味も同じ事だと思います。自分を良く見せる、飾る必要
はないんです。背伸びしないあなた、飾らないあなたなら、どんな人もあなたと友達になってくれます
よ。いわれなく人を受け入れない人は世の中にごく少数しかいませんよ。 あなたがどんなスタンスで優
しさの定義を知りたかったかはあのくらいの書き込みでは分りようがないとは思いませんか?
最初から
言えばいいんです。素直に。「優しさの意味が分らない。どんな事が優しい事なのか。優しくされた事が
ないから分らない。だから教えて欲しい。」って。そうすれば皆さんの言う事も変わります。
そうやっ
て自分の内部を素直に伝えていかないと、あなたの求める答えは出なくて当然です。分らないなら分らな
いでいいんですよ。自分からの発信を正確にしない事にはあなたの求める答えは聞けないんですよ。人に
気持ちを伝えるのは楽ではないんです。 それがメールならなおさら。直接会っているなら、声を聞いた
り、目をみたり、色んな要素があるのでメールよりはコミュニケーションは取り易いと思いますが。
で
もあなたは人付き合いに慣れていないからメールを始めたのでしょう?それだったらもう少し頑張りまし
ょう。人を好きになれないなんて言ってるけど、人が嫌いなら淋しくもないし、こんな所に相談に来ない
筈です。あなたは人の温もりが欲しいから淋しいのです。人が好きなのに付き合い方が分らないだけなん
です。 人間関係というものは複雑なものです。傷つけ合う事もあります。でも傷つけられる事より、慰
められる事、励まされる事のほうがずっと多いんですよ。損得のない友人関係ほど、素晴らしいものはあ
りません。恋人なんていなくても僕が人間的には全く淋しくないのは素晴らしい友人達、そして家族のお
かげです。 あなたにも家族がいるでしょう?すくなくても一人ぼっちでは無いはずです。世の中にはも
っと孤独な人もいると思いますよ。もう少し話をしましょうよ。僕はあなたと話したいです。真剣に。
それに自分で投げかけた質問の答えを聞かないのはあなたに対して意見を言ってくれた人に失礼ではない
ですか?そう言う事も優しさだとは思いませんか?優しくなりたいと思ったから優しさについて聞きたか
ったのでしょう?だったら最後まで皆と話さなきゃ。 それぞれの立場の人の価値を認める事が大事な事
だと哲学詩人さんも言っていたでしょう?ここで逃げたら後悔しますよ。ここで逃げるようでは現実世界
では友達はできませんよ。あなたの為に皆こんなに真剣なのですよ。それを無視するような事は優しくな
る過程をなくす事になりますよ。あなたのことは良く分りました。だからもう一度話しましょう。こんな
幕引きいやですよ。待っています。 辰見昌昭
まさ さん 2000年06月25日(日) 09時57分
くーにょんさん僕が書き込んでる間に戻って来てくれたんですね。上の文章書くのに相当時間がかかった
から(笑)でも良かった。戻って来てくれて。 発言したくなったら遠慮なくしてくださいね。待ってい
ますよ。
くーよん さん 2000年06月25日(日) 10時29分
くーよんです こんにちは。 まささんへ まささんからのメールは届いて読んでいたのですが。
自分の心
が弱くなっていて受け入れられなかったのだと思います。 まささんは僕より年下ですが人間に年は関
係ないと思います。 どれだけの経験を積んでいるかだと僕は思うのです。 まささんに人生の先輩なんて
言われましたが まささんの方が先輩だと思います。 まささん色々有り難うございました。
また時々でも
顔を出したいと思ってます。
さやか さん 2000年06月25日(日) 11時13分
こんにちは。横槍隊のさやかです。 人に優しくされたことがない? そんなのくーにょんさんが鈍感な
だけだヨ。いろんな人から、いろんな形で優しさを受けながら今ま で生きてきたはずなんだな。包み込
むような優しさ、叱り飛ばす優 しさ、無関心でいる優しさ……、優しさにもいろんな形があるし、
人そ
れぞれ優しさの表現方法も違うのね。おせっかいも、親切も優 しさだよね。 もっと、人の優しさに敏感
になってください。人の優しさを裏切っ ちゃダメだよ。童貞のことはよく分らないけどさ、くーにょん
さん やまさ君と同年代の、うちんちの弟もたぶん童貞だ(笑)。姉の私 から見て、人間的に何か足りな
いような気はしてるんだけどね、で も、Tekkoさんが書いていたように、バイクでいろんな土地を走り
ま
わって良い経験もしているようです。 さぁ、みなさん。今日は選挙です。投票に行きましょう(笑)
姉 さん 2000年06月25日(日) 11時43分
ここにイロイロかきこんでいるのはみんなの優しさだべさ〜
Dick Iwai さん 2000年06月25日(日) 12時58分
おお、童貞クーニョンよ、童貞まさよ、その他よ、 どうしてどんどん議題からはずれていくのか。ここ
は、相談室ではなくて会議 室なんだろ? 決して童貞クーニョンを慰める場所ではないんだぜ。場所を
わ きまえて発言できないのかな? どうせ雑談になってしまったので俺もついで に始めることにすっ
か。 しかし、この童貞〜〜、という言い方、なかなか気にいっている。同士毛沢東
よ、同士スターリン
よ! に似ている。格好いいな。自分が童貞であるという ことをピエロ化してしまう、それを楽しむく
らいの役者的心情も人生には必要 なときがある。どんな苦しみや悲しみも、シャレと粋の心で乗り切れ
るんだ。 なあ、童貞Dickよ、あり? 違ったか(笑) ちなみに、俺も奥手のほうで、童貞を捨てたのは
24歳の時だった。それまで は好きな女の手も握れない唐変木。だいたいその修行は32,3歳で卒業
した のだが、それまでには、100人以上の女性を経験したな。国別にもたくさん
ある。日本人はもち
ろんだが、台湾韓国香港中国、フランス、ドイツ、イスラ エル、イギリス、オランダ、アルゼンチンメ
キシコ、アメリカ、カナダ、etc。 よくAIDSにならなかったものだ(笑)。あっ、あの頃はまだなか
ったか。 ふぅ〜、セーフ! でも俺が何ヶ国語も話しができるのが、ぐふふふ、これが
基礎になってい
るんだ。どうだ、おそれいったか、けけ。 そこで勉強になったのは、やはり肉食人種は知能は低そうだ
が、そのパワーは あなどるべからず、ということだった。体内にある根本的なエネルギーの質的
なもの
がまったく異なるようだ。して、西欧人の女性は花の命は本当に短い。 16歳から25歳くらいまでで
終わりだな。それ以後はビヤ樽のようにみな太 ってしまう。アメリカに行った事がある人は経験してい
るだろうが、男も女も ほとんどがその腹はホテイさんだ。その点東洋の女性が一番美しく輝き始める
の
は30歳くらいからで、逆に小娘時代は色気がないのが多い。だから、童貞 まさも触手が動かない、だ
が、インド人では臭すぎる(大笑)。 このインドで話がまた飛ぶが、列車でね、ガンジス河を朝方渡っ
たときに、河 原が人々で埋まっている。一体何をしてるんだ、と隣のインド人のおっさんに
尋ねたら、
うう、なんと野グソだ(笑) そこで思わず一句詠んでしまった。 < ガンジスの 熱き血潮に 触れ
もせず 哀しからずや クソをこく君 > まあ、与太話は、これくらいにして本題に戻ろうではない
か。
くーにょん さん 2000年06月25日(日) 14時43分
くーにょんです こんにちは。 岩井先生僕もそろそろ本題に戻りたいと思います。
皆さんの色々な意見
を聞いて思ったのですが 僕は今まで優しい人に成りたいと思って努力してきたのですが
それは間違って
いたような気がします。 皆さんは幸せの青い鳥って話し知ってますよね。 最後には幸せは自分のそばに
あったっていう話ですよね? 僕もそれと同じ事で優しい人になろうなろうとしていたのが間違い
だった
と思います。 優しさは自分の心の中にある。 それが優しさの意味なんじゃないかなと思うわけですが
どうでしょうか?
くーにょん さん 2000年06月25日(日) 15時10分
くーにょんです 皆様方、僕の為に会議室が相談室化してしまって 申し訳ありませんでした。 皆さん
有り難うございました。 皆さんどんどん議論しましょう!
のら さん 2000年06月25日(日) 17時03分
こんにちは。 私はWeb日記を(最近はとんと更新していませんが(^^; )つけていて、その日記
仲間とい
いますか、知り合いの人(neantさん)が書いている、こんな話
http://www.geocities.co.jp/Milkyway/9552/diary.html#0330 結構好きなんですよ。
こういうのは、優しさとは
言わないのかな。
Tekkoちゃん さん 2000年06月25日(日) 19時30分
岩井先生すみません一言だけ。 くーちょんさんへ くーにょんさんははっきりいっていじけすぎ。
すごく
気が弱いんだね。 でも大丈夫! 世の中は良くしたもので、くーにょんのような男の人には
逞しくて、た
よりがいのある女性が興味を持つものです。 女にもいろんな人がいるからね。 とにかく人が集まりそう
なところにはどんどん出てみましょう。 きっと思わぬ出逢いがまっていますよ!!
逃げちゃだめだよ。
まさ さん 2000年06月25日(日) 19時54分
tekkoさん。こんばんは。 おかげさまで元気に暮らしております。その節はありがとうございまし
た。 仙台の母から長い手紙が来ました。花の世話などして元気に暮らしているようです。
tekkoさ
んも元気そうですね。これからも迷える若者を助けてあげてください。
まさ さん 2000年06月25日(日) 20時24分
さてくーにょんさんも元気になった事だし、議論を続けましょう。 それにしてもこの一連のくーにょん
さんへの励ましの書き込みで、皆さんのそれぞれのやさしさのありようが見れて、面
白かったです。 姉
さんのようにズバリと適切に優しい示唆に満ちた激励をする人もいれば、優しく諭すtekkoさんのよ
うな人もいる。僕のように長々と理屈をこねて、半ば説得に近い励まし方をする奴もいる(笑)岩井先生
のように厳しく突き放す優しさもある。人それぞれ優しさの形はこんなに違うのですね。
色々な優しさ
の実例が列挙されたのだから、あながち話が横道にそれたとも言えないのではないですか?岩井先生。
くーにょんさんも良かったですね。色々な優しさに触れる事ができて。きちんとそれを生かしていければ
いいですね。
哲学詩人 さん 2000年06月25日(日) 22時12分
おーっとっと。私が一晩泊りがけ(?)で夜遊びしていたら、こんなに議論が白熱していたとは。くーに
ょんさん、ごめんね、ここを見る前にメールに返事してしまってピントはずれになってしまいました。
さて、家主が帰って来た時には既に宴は終わりかけているようですが、一言言わせてください。
「優
しさ」って何という問いに対して多くの立場からの考え方や、異なる視点からの問題把握があることがク
リアになってきましたね。これは質問するときに、自分はどのような視点からの「優しさ」について議論
したいのかという議題設定の曖昧さに起因している点があります。 だから、質問者は自分の質問がどう
いう視点からの問題提起であるかを明確にしておかないと、思わぬ方向に議論がいくことが予測されま
す。その思わぬ展開が面白いと思えば、枠決めを緩やかにしておけばいいでしょう。
今回のくーにょん
さんの求めていた「優しさ」とはという視点に添って私の意見を述べるなら、「相手にとって本当に必要
とすることをしてあげること」だと思います。何が相手にとって必要なものかが判らない?---判らない段
階では、「判ろうとする努力が優しさの第一段階」でしょう。 一方の思い込みだけで、優しさの押し売
りは真の優しさではないでしょう。与える側の自己満足の優しさであって相手にとって意味をなす優しさ
ではありません。 私の相談室での基本的なスタンスはそこに置いているつもりです。
だからこそ、大
和総研事件のように、その優しさのスタイルに悪乗りし、場を踏みにじる行為に対しては断固戦い、優し
さの場を維持するための力と能力も必要とされているのです。その戦いも「この場を守る優しさと一体の
もの」と考えています。 個人においても「優しさ」は強い意志と力の裏付けが無いと継続していくこと
ができません。自分が優しくされなかったと嘆く前に、自分が人に優しくなれる心と、その心を維持でき
る強さを身につけることが必要なのだと思います。
Dick さん 2000年06月25日(日) 22時18分
さて、それでは本題に戻って、芥川龍之介著の「蜘蛛の糸」を叩き台にして、 優しさとは何かを検討し
てみよう。本来ならば、古事記や万葉集から入って いかなくてはならないが、先に近代日本文学から眺
めてみることにする。 それに基礎教養がないと和歌の世界は説明するのが大変だ。
物語はみな知っての
とおり、地獄の血の池で苦しみもがいていたカンダタに お釈迦様は彼を救おうとして、蜘蛛の糸を垂ら
した。必死にそれに縋って極楽 にまで登ってこようとするカンダタ。もうすぐ極楽も近くなった頃、カ
ンダタ がふと下を見ると、ぬあんと、他の罪人たちが数珠繋ぎになって、この細い蜘
蛛の糸を登ってく
るではないか。ああ、やばい! 切れてしまったらどうしよ う! カンダタは叫んだ 「来るな、来る
な、登ってくるな!!」 その言葉を聞いたお釈迦様は悲しそうな顔をしながらも、やっぱだめか、とそ
の自分で垂らした蜘蛛の糸を断ち切ってしまった。再び地獄に落ちるカンダタ お釈迦様とは元来衆生に
対して歳大の慈しみを与えることのできる存在であり 決して裁判官のように罪人を裁く存在でもない。
この世の中で一番の優しさを 持つべき釈尊が、どうしてこんなひどいことをするのか。カンダタが自分
勝手 な思いを抱いたから、それに罰を単純に与えたのか。否、釈尊こそは、そのよ
うな人間の醜い煩悩
が激しいことを一番知っている人間ではなかったのか。し からば、最初からカンダタがこのように叫ぶ
のは、釈迦は当然予想できたはず なのだ。それならば、考えられる結論はただ一つ。つまり、お釈迦様
は、完全 にいじわる心で、カンダタをからかおうとしたのでないか。それともこの物語
には、ほかに釈
迦や人間の優しさを深く表しているものがあるのか。これが単 なる、いじわる物語ならば、そしてこの
ような話が好きな日本の民族というの は、実はその心の根が、いじわるではないのか。これが本質なの
ではないだろ うか、どうなんだろか? 反論を期待する。
デット さん 2000年06月26日(月) 00時04分
こんばんは。くーにょんさん、はじめまして。最近出番がすくないデットです。 岩井さん、タイミング
がずれました。すいません。くーにょんさんへメッセージです。 くーにょんさん、君は29歳ですか、
まあ、僕と結構近い年齢ですね。友人が少なく孤独で悩んでいるところなんぞ昔の僕をみているようだ
な・・・(今でも友人は多くないが(笑))。 ほんとうの優しさを知るには実際に人間関係のなかで友
人と衝突して注意されながら学んでいくものと僕は思っています。現にまささんへの励ましの言葉が実は
適切でなかったことをくーにょんさんは今知ったわけです。そして、まささんは くーにょんさんなりの
精一杯の励ましのことばだとわかったから一時はカッとなったけど今は怒らず友人関係が持続しているわ
けです。ここが大切です。くーにょんさんが最後まで投げ出さずにまささんと話したからなんです。人間
関係を持続させるためには絶対に必要な事です。いままで、くーにょんさんはこのトラブルを避けてきた
から友人がなかなか出来なかったんではないのかな?。多分くーにょんさんまだまだ優しさについて学ぶ
必要があります。君の”優しくしたい”って想いが他人に伝わっていないですよ。君のとった行動が相手
にとってあまり優しいと思える行為でなかったんです。普通のメールだと最後まで話すまでに至らずに相
手から切り捨て?られる可能性が大なので人間関係を持続させようって以外と技術が必要だったりする。
実際に会える人と人間関係を持続できるように労力を使った方が近道ですよ。でも鬱の状態が出て心が弱
いときもあるんでしょう?。その時は一時退却して大いに結構!。僕なんか逃げてばっかしだし(笑)。
体力が回復したら戻ってくればいいんだよ。再度ここの会議室に復帰して書き込んだようにね。とても大
切なことですよ。君はここではもう孤独でないのだから。次は実際に会える友人と人間関係を持続する方
法を考えようね。それには行動あるのみ!!なにかこの件で相談があれば再度相談室に書き込んでね。
まささん、熱いレスをありがとうね。tekkoさんを含めたその他の方々ありがとうございます。この
ネット上で人間関係ができあがるのは嬉しい限りです。 >僕もそれと同じ事で優しい人になろうなろう
としていたのが間違い >だったと思います。 優しさは自分の心の中にある。 くーにょんさんの優しさ
の定義がどうも抽象的で解りづらいな。 本当の優しさとは真の意味でその相手の為の行為であるかとい
うことと周りの環境・背景?を含めたバランスをも考慮して始めて判断できるものだと思います(本当に
優しい人とはこれが出来る人か?)。自分一人の狭い頭のなかでただいつも考えているだけじゃ、どれか
の要素を見落とし本当の優しさの答えを間違えたりするんですよ。例えばここで僕が相談者へのアドバイ
ス行為は優しい行動と取ってくれるでしょう。ところがバランスを崩すと全くの逆になります。僕は周り
の友人達に結構助けられています。僕がいつも注意していることはこの一番世話になっている友人達をな
いがしろにしていないかなんです、っていうか友人に結構文句つけられます。僕は変にお節介なところが
あり、「親切にする?相手(※相談室のことではありません)を間違っている。そんなことするぐらいな
らいつも世話になっている××君に飯でもおごれよ!」ってね(笑)。相談談室ばっかりに労力を使って
友人の誘いを断ってばっかりでは優しい人とは言えませんね。多分このバランスが狂い出すと友人と口論
になり本当の優しさを再度考え直す必要が出るでしょうね(友人に自分の行為を理解してもらう労力が必
要かな)。これは生徒にスゴク慕われる先生の実の子供はグレてしまっていたとかいうよくある話し?と
も似ていますね。愛情を注ぐバランスが崩れた結果ですよね(たまに、世の中全て広い意味でのバラン
ス?が一番重要でないだろうかと思えたりする。姉さんの書かれた優しさと甘さもバランスが大切な気
も・・・)。 ミクロな話しになってしまった・・・。すんません。
Dick さん 2000年06月26日(月) 00時22分
<今までの意見に対するコメント> 判官びいきについて (語源は九郎判官より)
この言葉は確かに日
本人のある部分での優しさを表しているような気がする。 童貞まさに座布団一枚!
広辞苑を見ると、
「源義経を薄命な英雄として愛惜し同情すること。転じて 弱者に対する第三者の同情やひいき」とあ
る。つまり判官びいきは、日本人 の心の中にある優しい心情であり、一種の美意識といっても過言では
ない。 日本の歴史の中ではもう一人いる。天皇の命ずるままに、日本中をいくさし
て歩いた悲劇の王子
ヤマトタケルだ。判官びいきを受けるためには、ある一 定以上の条件を満たしていなければならない。
まずは悲劇性だ。悲劇性こそ 判官びいき発生の前提となる。次にはある分野で特に優れた才能を発揮す
る 人物であること。それから、育ちの良さというか、天皇の息子であるとか、 源氏の御曹司と呼ばれる
ような人物であり、夭折した人物でなければならな い。そしてどこかに精神的な弱さを漂わせる人物で
あることと、義経に対す る兄頼朝のように強力なライバルが存在する人物であること。最後の条件と
は、生き様のかっこいい人物であることだ。この判官びいきの感情は江戸の 300年のあまりの間に変
形され、強い者には何でも反発する江戸っ子気質 のようなものになった。水戸黄門とテレビドラマは、
何十年も視聴率が高い 番組だが、この弱い町民や百姓を助け、強いお代官や庄屋をやっつける水戸
光圀
の漫遊記は、日本でのみ受ける情景と断言できる。ワイアットワープな どが活躍する西部劇では、御印
篭など出していたら、あっと言う間に頭を打 抜かれて、はい、それまでよ、になるし、中国では、昔か
ら金と女の力以外 は何も用をなさない。これは優しさとの問題からは外れるが、基本的に日本
人の精神
構造は、権威に弱いという部分があって、その権威をかっこ良く見 せられると拍手喝采するという国民
性もあるようだ。 中国にも義侠心という概念があり、西欧にも強きをくじき弱きを助ける騎士
道という
思いもある。か弱き姫を助ける、ラ・マンチャの騎士、ドン・キ・ ホーテは、姫に狂うあまりもはや正
常な精神状態ではないが、心の中は、自 分尊敬する姫を守ることこそ、騎士道と信じている。中国で特
にこのような 心情が強いのは、広東省と福建省の境にある潮州地方の人々で、弱い者がい
じめられてい
ると、わけがわからなくなって助けたい、と思ってしまうらし い。だが、一般的に中国人は、太古の昔
より、損得勘定が得意な民族であり 我々のような純粋さを持っての判官びいきの優しさというものは存
在しない。 さて、一つ見えてきたものがあったが、この判官びいきの感情は、現在の
平成時代の優しさ
を考えるときにも、その要素は多いに考慮されるものでは なかろうか。
まさ さん 2000年06月26日(月) 00時31分
こんばんは。岩井先生。 元祖童貞まさであります。 なるほど蜘蛛の糸ですか。僕はこの話はをこう捉え
ていますよ。 極楽浄土でお気楽に暮らすお釈迦様が暇潰しで地獄を覗いていたところ、カンダタが生
前、蜘蛛を助けた事があったというのを何故か唐突に思い出し、ちょっくら暇つぶしでもしてみるかって
感じで気まぐれに糸垂らして、「それ登ってこい」みたいな、そんな不遜な態度から始まる話ですよね。
まるで財布から落ちた金を拾わせる金持ちチックな感覚でとても許せる行為ではないと思います。それで
も仏か!って言いたくなりますね。 大体、自分は極楽でいい思いしながら、蓮の上かなんかに乗りなが
ら、涼しい顔して、地獄で罪人が苦しむ様を眺めるなんざまるで闘技場のVIP席で剣闘士の血まみれな
戦いに熱狂する、ローマ皇帝のようですよ。 お釈迦様がこんなつまらない世俗的な存在じゃ哀しいじゃ
ないですか。 とても苦悩の末に城と妻子と王子の位を捨て、苦行の末に出山し、悟りを開いて八正道を
説いたお人とは思えない。長い極楽暮しで脳みそがふやけてしまったのか。 この物語りの言わんとする
のはひょっとして釈迦も所詮は人間だったのだから、たいした奴じゃない。あんまり期待するものじやな
いよっていうのが焦点であって、優しさの定義が焦点ではない可能性もある。もし優しさを説こうとして
いるならこれはとても残酷な話ですよ。 「こんなに大勢登ったら切れるじゃねぇか」って思うのは当た
り前だと思います。 「いいや切れても」なんて思うはずない。大体、一本しかない糸が切れたら、カン
ダタは勿論、後から登って来る奴も困る筈。カンダタが「来るな」と叫んだ状況判断は至極当たり前であ
り、適切と思います。仮に自分だけが助かろうとしたという所がお釈迦様の気に食わない所だったとして
もこりやひでぇ話ですよ。自分の身を第一義に考えるのは生物として当然の事であり、責められないと思
います。例えばオウム事件であったような(二人一緒に施設から脱走して捕まった信者の一人が、もう一
方の捕まった信者を殺さないとお前を殺すと脅され、殺人に加担してしまった事件)人を殺さなければ自
分が生命の危険がある時に殺人を強要された場合は確か「緊急避難」とかなんとかいって何かあまり重い
罪に問われないで済んでたようですし。 親が子供の為に死ぬとかいうのを除いて、自分が死んでも他人
を助けるなんて人間が世の中に一体何人いるというのか?仏の説く優しさの実践はかくも厳しい道なの
か? 極楽浄土への道は何と厳しいものだろう。そういう戒めがこの物語の焦点なのか?
そのくせお釈迦
様は気楽に暇潰しで罪人の心を弄ぶのが許されてるときたもんだ。 この話は釈迦の矛盾を指摘した話で
もあり、他人に絶対的な優しさを求める癖に自分はそうしないという人間の性質を訴えた話なのか?なん
か良く分らなくなってきたのでとりあえずこのへんで。
Dick さん 2000年06月26日(月) 00時39分
あれ、あり、デット君、投稿者に対するアドバイスだけになっちまってる けど、ここは相談室じゃない
んだよねえ(笑)
まさ さん 2000年06月26日(月) 00時46分
やった!座布団一枚獲得!
Dick さん 2000年06月26日(月) 00時48分
おお、童貞まさよ、学校など行くよりもよっぽどここで議論していたほうが 勉強になるぜ(笑)。なか
なかおもしろい意見だが、他の方たちの分も聞い てからコメントする。芥川のこの物語は、日本人のプ
ライドを傷つけるよう な試みをして、優しさ、ってなあに? と本質的問いかけをしているような
気が
する。だから例題として出した。もし君の心の中で何かを掴んだら、バ イトした金で、ウイスキーでも
送ってくれ!(爆)
のら さん 2000年06月26日(月) 01時18分
こんばんは。横レスのらです。岩井先生すみません。 私は、お釈迦さまは必ずしも何でも誰でも救う甘
ちゃんではないと思って おりました。 よく、仏像の表情のことを「やさしい、慈愛に満ちた」と表現さ
れている のを聞きますが、それは遠くから仏像をみている場合であり、近くに寄っ
て見上げると、とて
も厳しいお目をしていらっしゃるように感じます。 横レス本当にすみません。 「蜘蛛の糸」について
は、もう少しよく考えてみます。
まさ さん 2000年06月26日(月) 01時46分
他の方の意見が楽しみです。 岩井先生、僕この会議室の議論楽しいですよ。学校じゃ僕のこんな話に付
き合ってくれる人少ないんです。分りました。何か掴んだら、貯金から散財してウイスキーを送りましょ
う!
Dick さん 2000年06月26日(月) 12時31分
おお、永遠の童貞まさ様よ、、、、 m(__)m ウイスキーを送ってくれるのか、それならば、できたらジ
ョニ青がいい。 国産の物ならば、サントリー山崎の16年にして欲しい。うう、今まで
バカにしたりし
てすまなかったなあ。ほんとごめんよ(笑) ところで、まじめになって、他の意見はないかな。
のら君
紹介のWEBを見てみたが、こいつの文章はとても読みづらくて途中 でやめてしまった。もっと読み手
を意識してわかりやすくしないとな。難し い事をいかに易しく書くことができるのかも、一つの優しさ
かも、なんちて。
さやか さん 2000年06月26日(月) 15時03分
こんにちは。え〜、『蜘蛛の糸』ってどんな話しだっけか?と思って たらちゃんと説明ありました。思
い出した、これは読んでます(笑) 日本人がこの話しを好む(のか(^^;? あたしは好きじゃない)のは
優しさと関係あるんですか? これって、みんな平等じゃないと気が 済まない日本人だからこそ気に入
られてるんだと思いました。のんの んさまの話はよく分からないけど、ひとりで得しようとしたら怖い
目 にあうぞ!っていうことでしょう。あ、なんか話しズレてる(笑)? たぶん、カンダタが後からくる
罪人にも「一緒にどうぞ」なんて言っ てたら、光りがばーっとさして全員極楽行って良かったねぇ、な
んて 展開になっているんですよ〜。ってことは、目先の損得に捕われるな っていうことを言ってるのか
も? 損して得とれっていうことか? ダメだ、どんどんズレてく。 日本の昔話って「こういうことした
ら、こういう目にあう」っていう の多くないですか? 優しさといえば『大きな木』ですよ〜。
「それ
でも木は嬉しかった」ですよ、感動の優しさです。のんのんさ まより木の方が偉いっ。わたしもよくわ
かんなくなってきたので、こ のへんで言い逃げ。
Tekkoちゃん さん 2000年06月26日(月) 19時22分
ずっと考えていたのですが 蜘蛛の糸ですか。 とても又、難しい問いかけですね。 たしか高校の頃に読ん
だ記憶がありますが、 まささんの書き込みで思い出しました。 たしかすっきりした結末でなかったのは
おぼろげながら 憶えております。 黒沢 明の「羅生門」という映画がありましたが
あれも主な登場人物
の3人がそれぞれ自分に都合の良いように 状況説明をするというストーリーに羅生門の下で村人が
「げに
恐ろしや、いったい何が本当かわからない」。 というところで終わっているのですが、
読み手、あるい
は見る側に解答を考えさせるという点で 似ているなと思ったのですが、はっきり言って、
断定できるよ
うな解答は私のような凡庸な頭ではちょっと 無理かもしれません。 まあ、私流にしいて結論を出すとす
れば、 生きているということは煉獄地獄の連続だ。 だから苦難を逃れようとしてもそれは無理なことな
のだよ。 と仏様はいいたかったのでしょうか。 なにしろ脳細胞が岩井先生の10分の1ですからわかりませ
ん。 降参です。 教えてください。 ところで メールのお返事まだですか? お待ちしています。
まさ さん 2000年06月26日(月) 21時13分
こんばんは。みなさん。 なかなか難しくて僕もずっと考えていました。 あの物語の中でのお釈迦様の真
意をもう少し掘り下げて考察してみます。 お釈迦様はカンダタを本当に救う気があったかどうかと言う
点について、 考えてみます。 まず、救う気があってチャンスを与えたと仮定して考えてみましょう。
そ
う考えるとわざわざ様々なツールの中から、お釈迦様が蜘蛛の糸を選んだ理由も説明がつきます。お釈迦
様はカンダタに示唆を与えた事になります。蜘蛛の糸が垂らされている意味を考えて欲しかったのでは?
「何故蜘蛛の糸なのだ?」と。 今自分があの時の蜘蛛の立場なんだと気付かせたかったのでは?あの時
自分が蜘蛛の生殺与奪を握る立場にあったように、今この糸を垂らしている者が自分の生殺与奪をにぎる
立場にあるのだと。そしてまた、あの時の自分の行いで今この救いが差し伸べられているのだと分らせた
かった。カンダタに考えて欲しかった。「このチャンスは生前のお前のささやかな優しさがもたらしたも
の。それを良く理解して登っておいで。」と言う事です。 またお釈迦様はその後に起きた、他の者達も
糸を登って来るという事態を正確に予測したはずであり、そこでのカンダタの対応を試したと言えます。
その事態に対処する時の心の持ち方も蜘蛛の糸を垂らしている事によってヒントを与えていると考えられ
ます。「蜘蛛を助けた時のような優しいお前を助けたいのだ。分かっているな?」と言う事です。状況打
開のヒントを与えている以上、ここでお釈迦様は優しさだけでなくカンダタの思考力、理解力、状況判断
力をも試しているといえるでしょう。「助かりたかったら、今自分の生殺与奪を握る立場の者の意向に沿
う状況判断、行動をせよ。」と言う事です。しかし哀しいかなカンダタはそこまで気付かなかった。彼が
もう少し頭が良ければ仏の裏をかき極楽の土を踏めたかも知れない。ここでの仮定はお釈迦様が人の心ま
では読めないと仮定した話ですが。 しかし大きな疑問が湧きます。カンダタが本当に極楽まで来てしま
ったらいったいどうするつもりだったのか。カンダタの処遇についてのプランは一体どんなものだったの
か?仮出所みたいに暫く様子を見るつもりだったのか?それとも極楽にきたら頭の中身が切り替わって善
良になってしまうのだろうか?ううんダメだ擬問が尽きない。とりあえずこれは置いておいてと。
次に
お釈迦様の暇潰し説。最初からからかっていただけ。助ける気ゼロ。蜘蛛の糸を垂らしたのも気分の問題
プラス当てつけ。もともと助ける気なかったんだから、カンダタの極楽での処遇も考えてない。だからも
しまかり間違って「カンダ タが皆登っておいで」なんていったら困ったはず。だから極楽近くまで彼が
登ってきた時は実は焦っていた。 だからカンダタが叫んだ時は糸を切る大儀名分が出来て実はほっとし
ていたと言う事になる。なんたる事か。これが6世紀以来、日本で崇められてきた仏の姿なのか。
そん
な筈はないと思いたい。この物語の中の釈迦をこのように解釈してもらうのが芥川の意図であるならば、
岩井先生の仰っているように日本人の精神的支柱を揺るがす問いかけであるといえます。どうでしょう?
みなさん。
哲学詩人 さん 2000年06月26日(月) 21時37分
会議室の歴史で一番長いものになりそう----。 さて、私はちょっと違った視点から話してみたい。
この種
の民話や宗教的な話しの中に散りばめられた、人間の救いがたい我欲の強さや、それへの警告は、因幡の
白兎やキリスト教でいえば、姦淫罪の人に対して石投げの刑(?)に処せられているところで、キリスト
の発した言葉とか--いろいろありますが、この種の話しに、私はある種の胡散臭さを感じます。
誰かが、
何がしかの意図を込めて、無知な人間を洗脳しようとしているものを感じるからです。
言わんとしてい
ることは良い事だと思います。そしてそれらが少年少女の価値観形成にかなり寄与してきたのだろうとい
うことは、学校や本や情報の無い時代においては強い影響力を有しただろうことは容易に想像できます。
「優しさ」とはちょっと論点をずらしてしまいましたが、これらの話しの背後に潜む意図を正確に把握
した上でないと、これらの言葉や昔話の中に、人間の客観的真実の回答があるとは私には思えません。
(ちょっとひねている視点ですが) でも、含蓄深いことを、判り易く、誰にでも理解できるように創ら
れている点には敬服します。 漏り上がっている話しに、水をそすことにならなければ良いが。
Dick さん 2000年06月26日(月) 23時16分
さあてもう少し待ってみたいのだが、ほかに意見は無いであろうか? てっこちゃん、あれはしばらくほ
っといて。なあんもしなくてよろしい。
まさ さん 2000年06月27日(火) 01時46分
こんばんは。童貞まさでございます。 先生もういいんじゃないですか? とりあえず話進めましょうよ。
そのうちまた誰か何か言ってくれますよ。
Dick さん 2000年06月28日(水) 05時35分
芥川龍之介のこの「蜘蛛の糸」は大正時代に少年向け童話という背景で書かれ たものであるというバッ
クグランドがある。それは、あまりひねって読んでは いけないということだ。一番目に判官びいきから
入って行き、強き者に対する 裏返しとしての弱者に対する思いやりとしての優しさ、そしてこの二番目
のテ ーゼは、単に釈迦という名前を借りて、我々日本人の優しさとは何かという事
を、教えているにす
ぎない。 それは、村落共同体の重要さ、ということを言いたかっただけなのである。生
前カンダタが蜘
蛛を踏み潰そうとしてやめたとか、たまたま釈迦が蓮の池をの ぞいていたら、地獄の血の池でもがいて
いるカンダタを見つけた、とかそのよ うなことはどうでもいいのである。つまり、釈尊という名前を借
りて、日本人 の持つ優しさの一つとして、自分の共同体に対する責任感というものを子供た
ちに教えた
物語であった。長い日本の歴史の中では、村一つだけは最少単位と して団結する必要性が多いにあっ
た。それは米作という生きるための重要な作 業があり、この作業は緻密な各個人の協力と連携プレーが
絶対に必要であった ところが騎馬民族中心の西欧では、仲間を大切にする思想よりも、偉大なリー
ダー
を生むことに力を注いだ結果、あまりビートたけしが言うところの、みん なで渡れば恐くない、という
概念は重要なものではなかった。つまり、狩をし て生きていくために大切なのは、共同作業という点よ
りも何よりも、リーダー の作戦・統率力で決まる部分が多かったためである。従って、西欧にはあまり
この蜘蛛の糸のような物語はない。 細い細い蜘蛛の糸を登ったカンダタが下を見た時に、少なくとも地
獄で同じ釜 の飯を食べた仲間たちが登ってくるのを、自分のエゴだけで拒否しようとする
その心。これ
については、特に我々共同体の思想を重要視する日本の村社会に おいては、一片の優しさもない非人間
的言動なのであった。これはいけません よ、このような考え方は優しくはないからだめなのです、とい
う青少年に対し ての教訓物語である。 しかし、この物語が書かれた大正の時代から現代まで、その仲間
を大切にする 思想は、我々の血の中に脈々と流れてきているのに相違ない。だから、芥川賞
などという
文学賞は今でも最も権威の高いものとされているし、また芥川龍之 介の代表作品がこの蜘蛛の糸である
ことを考えれば、如実に、歴史の流れの中 における、日本人の優しさの概念を説いているのではなかろ
うか。これが、仲 間を大切にするという第二番目の優しさ。しかし、これの原点は、あの聖徳太
子が我
が国最初の憲法の中で明記した、「和をもって貴しと為す」 にあるこ とは言うまでもない。
Tekkoちゃん さん 2000年07月01日(土) 22時43分
岩井先生、わかりました。 今「項羽と劉邦」を読んでいると言いましたが、書いてありました。
古代、
紀元前200年前後の中国では 儒教以前の土俗倫理も儒教以後の倫理においても、 親が元で、子は枝葉にす
ぎず、孝の思想はあくまでも 親が中心で、親が危機にある時に、子供が命を 捨てるのはごく自然であっ
たようです。 親は存在する限り、いくらでも子を生産することができるけれども 子がその親を生み出す
ことは出来ない。 そう考えると、古代中国では、娘、美麗の行いは大変親孝行な やさしい行いであった
ことは間違いないようです。 現代の日本の倫理観とはまったく逆ですね。 ただ、近代中国では戦争中は
日本軍から丸太といわれて人体実験の材料として 動物並みに扱われたり、様々に人間としての尊厳を傷
付けられていたにも関わらず あれだけ多くの残留孤児をいつかは日本に帰ってしまうかもしれないのに
育て続けてくれた中国人の心を見る時、民族、文化を超えた、基本的な優しさは どんな人々の中にもあ
るような気がします。 ところで忘れていましたが、日本人の心の基本はやはり 義理と人情でしょう。な
んかの世界みたいですが、 落後のなかにも人情噺と言うのがある位、文政から 明治維新にいたるあたり
にはその基本パターンは でき上がっていたようです。 貧乏長屋の熊さん、八っぁん、優しいご隠居。
こ
れぞ日本人の心の底辺に流れる優しさの基本パターンかもしれませんね。 母が生前言っていました。
「ひとのいい人はみんな貧乏だね。」と。 人に優しくありたいとは思いますが、 やっぱり貧乏はいやで
すね。〈笑〉 蛇足でした。